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【スイカこわい?】


葉桜の木かげからギラつく太陽がこちらをのぞいている。
朝に降った雨はすっかり乾いて地面に水たまり一つない。
しかし夏真っ盛りというにはまだ早い時期である。

二宮「うへぇ。暑くなってきやがった」
六本木「そんなヘアバンド付けているからだよ瑞穂」
四条「推測するに不快指数がかぎりなく100に近いだろう」
七井「甚だキモチワルイ。倒れそうネ」
三本松「これだから梅雨の時期は嫌いなのだ……」

午後の打撃練習を終えて室内練習場を出た、あかつき大附属高校のレギュラー陣。
快適な空調に制御された室内とはうって変わって
外は30度を超える気温と6月のムッとする湿気で、5人は一挙に顔をゆがめた。

七井「次は実戦守備だネ。やる気が起こらないヨ」
二宮「おい四条。今日はもう止めにしよう。大会前にケガでもしたら事だ」

今日は鬼監督の千石が不在のためメニューは主将である四条に一任されている。

四条「大会前だから練習しなきゃダメだろう」
六本木「期待するだけ無駄だったか」
四条「俺だけを悪者にしないでくれよ。さあ!練習だ」
三本松「わかった。わかったけど少しワシらに休息をくれ」

そう言って三本松は室内練習場と1軍専用グラウンドの
中間に配置された水飲み場の傍らにもたれるように腰をおろした。
他も無言のまま、同意の表情で水を飲んだりヘアバンドを絞ったり
サングラスをはずして顔を洗ったりする。

四条「コラー!……まあ仕方ない。良しとしようか」

あまりの不快さに四条も折れた様子だ。常日頃のように怒らない。
三本松の隣りに座って一呼吸ついて、メガネをとってタオルで汗をぬぐう。

四条「5分したら行くからな」
二宮「へいへい。厳格なキャプテンだぜホントに」
六本木「そういえば五十嵐は?」
七井「授業に出てるらしいネ。五十嵐はインテリジェンスな男」
二宮「目指せ官僚大!ってか。野球部と受験生。二足のわらじは辛いねえ」
三本松「む。ウワサをすれば、あれは五十嵐ではないか?」

三本松が校舎のほうを指さす。
陽炎の浮きたつ中に見える制服、野球部の帽子のはまったデカイ顔は
間違いなく五十嵐権三その人である。こちらへ向かってくる。

六本木「遅かったね五十嵐」
五十嵐「すまん!英作文の問題にてまどってしまった」

顔に汗一つかいていない五十嵐を見て、ヘアバンドを付けなおした二宮が
さも不機嫌そうに言う。

二宮「栄作だかB作だか知らねーけどよ。
この時期は野球を優先するべきじゃねーのか普通。
お前は仮にもあかつきのレギュラーサードなんだぜ?」
五十嵐「その通りだ。勉強のことは何の言い訳にもならない」

非を認める五十嵐。
が、二宮のさもうっとうしげな言いかたが癇にさわったらしい。

五十嵐「だがな、何だこのだらけっぷりは。偉そうに言える立場じゃないだろう!」
二宮「ああん?
クーラーガンガンの部屋でくつろいでたヤツにはこの気分の悪さはわかんねーよ!」

険悪なムードが2人のあいだに漂う。

四条「どうも暑さで気が立っているようだ」
六本木「まずいなァ。止めてきてよ三本松」
三本松「ワシが?そんな大役務まらん」

みんな暑さにまいっていて喧嘩の仲裁を買ってでる気力もない。
もっとも2人の言い争いがこれ以上発展することはないだろうという
予測があっての不作為である。
一方が折れて、気持ちよく和解するのがレギュラーメンバー間の喧嘩では常であった。
が、今日は不快な天候という「+α」があることをみんなは考慮していなかった。

七井「ヤバいヨ。二宮が五十嵐の胸ぐらをつかんでル」

二宮は五十嵐に謝罪の言葉を求め、
五十嵐は二宮の手を振りほどこうともがいてうめき声をあげている。
一同、虚をつかれてびっくりする。

四条「おい二宮!止めないか」
三本松「仕方ない。力づくでもひき離すぞ!」

と、2人に近づく三本松の足元をオレンジの物体が風のように通りぬけた。
それは喧嘩している2人の手前で停止する。
逆立たせたヘアスタイル。
160cmに満たないと思われる身長とつぶらな瞳をした童顔。
一見して小学生に間違われるこの男の子は「あかつきのイダテン」とあだ名される、
チームの核弾頭にして超高校級の俊足で、
かつムードメーカーの役割もになう八嶋中である。

八嶋「さっきから大声でうるさいぞお前ら。
いったい何してるんだ?楽しいことならオイラもまぜてくれ」
二宮「中……。全然楽しいことじゃねー。とりあえずあっち行っていろ」
八嶋「もしかしてお前らケンカか?ケンカしてるのか?」

八嶋の目には大粒の涙がたまっている。
まずい。
これを見た2人は瞬時に離れて泣き出しそうな八嶋をなだめる。
八嶋は子供のような純なる心の持ち主で、ひとたび泣き出すと手におえないのだ。

五十嵐「違うぞ八嶋!ちょっと口喧嘩に」
八嶋「ぐすっ。やっぱりケンカなのか。オイラそんなのイヤだよ」
二宮「(五十嵐のボケ!)中。勘違いだよ。オレたちストレッチしてただけだ」
八嶋「ホントか?」
五十嵐「そうそう。ほらこうやって……」
二宮「(痛えなコラッ!)な、ケンカなんてするわけねーじゃねーか」
八嶋「だよなー。ケンカなんて楽しくないことするヤツはバカだ」
五十嵐と二宮「…………」

3人のやりとりを聞いていたメンバーは、
喧嘩をしていた2人の慌てっぷりと最後の八嶋の言葉に大笑いした。

六本木「あはは。中には誰もかなわないな」
三本松「まったくだな。ガッハッハ!」

途中から来たので流れのよくわからない八嶋はキョトンとした顔。

八嶋「みんな何で笑ってんだ、気持ち悪い」

この八嶋、子供のような心の持ち主である分、
感情をオブラートに包んで口にするということも知らない。

四条「まあまあ。それで五十嵐、その英作文の問題ってのはなんだったんだい?」
五十嵐「ああ、『夏の風物詩』について書けという問題でな」
七井「なんだナツノフウブツシって」
二宮「アレフトには難しいか。要するにだな。
えーと、それを見ると『夏がきたなー』って思うようなモノのことだ」
七井「へー。それで五十嵐はなんて書いたんダ?」
五十嵐「夏って言えばこれしかないだろうって奴を書いた。みんなすぐわかるぞ」
六本木「夏……ねえ。ボクは『風鈴』かな」
三本松「いや、やはり『カキ氷』だろう」
四条「五十嵐のことだ、ズバリ『蚊』に違いない」
五十嵐「ブー!みんなハズレ。夏にはもっと大事なモノがあるだろう!」

五十嵐が意味ありげな笑顔で言う。
すると八嶋「あー!」と叫んでみんなに聞こえないよう五十嵐に耳打ちする。
その姿は父親とじゃれる子供のように見えなくもない。

五十嵐「正解!中は勘が鋭いなァ」
八嶋「えへへ。簡単だったぞ」
七井「やるなーアタル。アメリカの夏といえばラッキープールだナ」

全国有数の負けず嫌いが集まったあかつき大附属、しかもそのレギュラーである。
八嶋ひとりだけ正解しているのがみんな悔しくてたまらない。
眉間にシワをよせて考える5人。

六本木「そうめんじゃないかな」
四条「蚊取り線香」
三本松「水茄子の漬物なんてどうだ」
七井「監督が送ってくれるウナギ!」
五十嵐「正解者は……いません。残念!」
「「「「ええーー!!」」」」

みんな心底残念そうなリアクション。一抜けした八嶋はニコニコ笑っている。

八嶋「みんな考えすぎだよ。ヒントはオイラたちと関わりの深いこと」
二宮「よっしゃー!これにまちがいねー!」

パンッと手を叩いたのはあぐらを組んで考えこんでいた二宮。
目の色は自信満々、五十嵐に近寄って答えをささやく。

二宮「正解だろ?おい。焦らさねーで早く正解って言えよ」
五十嵐「……ブー!『スイカ割り』って俺たちに関係あるか!?」
二宮「いや特には」
七井「まあスイカ割りにはバットを使うからネ」
六本木「いいね。浜辺で騒ぎながらのスイカ割り。夏って感じがするよ」
二宮「だろ!?正解にしやがれコノヤロー!」

二宮は五十嵐のクセッ毛を引っつかんで怒鳴る。今度は悪ふざけ程度である。

五十嵐「いててッ!正解したって何にもでやしないぞ!ワハハ」

と、和やかな空気の中、ひとり八嶋中が元気をなくしている。
四条はその様子が気になって
「どうしたんだ八嶋。具合でも悪くなったか?」と聞いた。
すると蒼い顔をした八嶋がふたたび泣きそうな顔でこう切り出した。

八嶋「じつはオイラ、スイカが怖いんだ」
「「「「はっ?」」」」

それを聞いた一同、目が点である。
笑うところなのだろうか、何かツッコミをかますべきか。
長々と迷っていたが、八嶋の表情を見ているととても冗談とは思えない。

八嶋「ああ。なんか寒くなってきた。オイラ先に守備練習に行ってるから」

八嶋はくるりと背を向け、1軍専用グラウンドに駆けていってしまった。

「あっ、チュンやないか!って――いつ見ても速いのう。あれ、みんなどないした?」

と、その弾丸のような八嶋のそばをすれ違って一同の方へ向かってきたのは
ライトのレギュラー九十九宇宙。
左肩にバッグをかついで、右手に団扇を持ってパタパタ顔へ風を送っている。
九十九のくわえたハッパは暑さのためにくたびれている。

九十九「おいおいチュン泣き顔やったぞ。あんまりいじめたらアカンで二宮」

九十九は仲間内では八嶋中のことをチュンと呼ぶ。麻雀用語である。

二宮「何でピンポインドでオレに言うんだよ」
九十九「あのピュアーなチュンをいじめる男なんてこのなかじゃ二宮しかおらん」

「正しい判断だな」とユニゾンして思ったのは三本松と四条と五十嵐と七井。

二宮「違うだろーが……。誰か説明してやってくれ」
六本木「九十九は『夏の風物詩』ってなんだと思う?」
九十九「んー『花火』やな。天神祭みたいな、いつまでも続く大花火や」
六本木「うん。わかるな。瑞穂は『スイカ割り』だって答えたんだ。
そしたら中、蒼い顔して『オイラ、スイカが怖い』だって。
グラウンドへ逃げて行っちゃったんだよ」

その話を聞いて九十九も目が点。
表情を言葉に変えるならば簡単で、「意味わからん」といった感じである。
しかし九十九、すぐに合点がいったというふうに笑い出した。

九十九「ひゃひゃひゃ!チュンも考えたもんや。みんな俺には真実が読めたで」
三本松「どういうことだ九十九?」
九十九「まあ待てや。みんな『まんじゅうこわい』って落語、知っとるか?」
七井「知らないナ」
二宮「オレも知らねーな。その落語とさっきの中の態度と何の関係があるんだよ」
五十嵐「俺にはわかったよ」
四条「『まんじゅうこわい』は知っているよ。俺にも読めた」
九十九「やろ?じゃあ四条『まんじゅうこわい』のあらすじを説明したってくれ。
俺も水飲みたいんや」

ドサッと重量感のある野球部のバッグを地面に置き、九十九は水を飲みはじめた。

四条「コホン。では行きます。『まんじゅうこわい』」

ぱちぱちぱち、と一同なぜか拍手。

四条「ある長屋の寄り合い所に若い衆が集まって、自分の苦手なモノの話を
していました。ある人は蛇が怖い、俺はタヌキが怖い、コウモリが嫌だ、やっぱり
毛虫だ、はたまた一列に歩くアリだという感じ。その中でだまっている男がいました。

『お前は怖いもんねえのかい?』

男にそう聞くと『何にも怖くねえ』と答える。
蛇もコウモリもアリも全然怖くないと言いはって威勢がいいんだ。
しかしその男、突然話すのを止めたんで周りのみんながどうしたのかと聞くと
『怖いものを思い出した。俺はまんじゅうがこわい』と言う。

『思い出しただけで気分が悪くなった』

男の顔色はみるみる悪くなって、隣りの部屋に布団をしいて寝込んでしまう。
これを見て若い衆は笑って、いたずらをすることにしたんだ。
町に出てありったけの種類の饅頭を買ってくる。
そして男の枕もとに置いてふすまを隔てた隣りの部屋で様子をうかがう。
案の定、叫び声が聞こえてきてもう大爆笑さ。

『みんなどうしてこんなことするんだよう。まんじゅうこわい、まんじゅうこわい』

そう繰り返すたびに若い衆は大喜び。
まんじゅうこわ……まんじゅうおいし……こわ、ん?様子がおかしい。
部屋の中をのぞいてみると男はまんじゅうにパクついていた。

『うれしそうだぜ。こりゃいっぱい食わされた。なあ、本当は何が怖いんだい?』

するとまんじゅうを飲みこんだ男はこう答えたんだ。『おいしいお茶がこわい』ってね」

みんなオチに軽く笑う。が、水を飲んだあとくつろいでいた九十九は真顔で、

九十九「2点。味もそっけもあったもんやない」
四条「ダメ出しはやめてくれよ。みんな言いたいことはわかっただろう」
二宮「わかるぜ。大好物をこわいって言って、周りにそれを持って来させる」
六本木「それと一緒で中は、本当はスイカが大好物だってことか」
七井「なるほどナ。ずる賢い手だネ」
三本松「しかしあの八嶋がうまくウソをつけるもんだろうか」
九十九「甘いなあ、ダンナ。チュンも成長したってことや」
五十嵐「いや、八嶋はそんなことする奴じゃない。きっと本当にスイカが嫌いなんだ」
四条「俺もそう思う」

八嶋のスイカ疑惑をめぐってメンバーは二手に分かれる。
「まんこわ」派には九十九、六本木、三本松、七井。
一方の真実派は四条、二宮、五十嵐というカタチになった。

九十九「よーし。こうなったら賭けにしようやないか。
負けたほうは朝メシと掃除の当番をかわりにやるってのはどうや?」

あかつきの野球部員のほとんどは寮生活である
(このメンバーでも四条以外は全員が寮で暮らしている)。
そのため金銭が必要になる場合はほとんどなく、
賭けると言っても雑役の交代などしかなかったりする。

三本松「当番交代だけじゃ物足りない。スパイクも賭けようじゃないか」
五十嵐「なに!」
四条「スパイク!?」
二宮「……いいねえ。つい最近スパイク履きつぶしたばっかりなんだよオレ」
六本木「僕もだ。四条のスパイクなら同じサイズだから履ける」

普段はみんな練習の虫である。
普通の高校球児からすれば必要以上に配給されるスパイクも、
彼らは凶悪な早さで履きつぶしてしまう。
だからスパイクという景品は、彼らをして賭け事に走らせるに足る、
重要な意味を持っているのである。

九十九「よーし、面白くなってきたで。スイカは今日の練習後に用意するわ」
七井「おカネはいいのか九十九?」
九十九「ええねや。何か商店街の八百屋の娘さんに気に入られとってな、
たのんだらタダでくれるやろうから」
三本松「八百屋の娘さんってもしかしてあの『こずえさん』か!」
五十嵐「お前、あの八百屋小町にほれられているというのか!?」

どうやら『こずえさん』という八百屋の娘さんは、
あかつき野球部にも知られるほどの有名な美人であるらしい。

九十九「かっかっか。もてる男はツライわー」
四条「(羨ましいなァ)」
三本松「あのこずえさんが九十九に……そんなバカなー!」

ウブな三本松は心底から悔しがる。みんなガハハと大笑い。
いったい練習はいつ再開する気なのかという疑問を誰も抱いていない。
と、そんな彼らを遠くグラウンド内のブルペンからじっと見ている眼がある。
さわいでいるみんなもだんだんそれに気づく。
あかつきの2年生エース、猪狩守の冷たいさげすみの視線に。

「「「「(ゲッ……猪狩じゃないか)」」」」
猪狩「フッ」

先輩たちの気まずい視線を浴びた猪狩、
彼らを鼻で笑って目をきり、投球練習をしはじめた。
あんなだらしない先輩どもには期待しない、
戦力的にもボクひとりで十分だというふうである。

「「「「ム、ムカつく……!」」」」
二宮「あの野郎ー。先輩を見下しやがって」
四条「賭けの話はあとだ。実戦守備の練習をするぞー!」
「「「「オオー!!」」」」

四条の鶴の一声でみんな元気よく起きあがる。
後輩の猪狩になめられてたまるかという気持ちが背中をおして、
一歩動くだけでも暑い6月の空の下、彼らはいつもどおりの
尋常ならざる練習を行うために早足でグラウンドへ向かっていった。




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