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練習後、寮で夕飯を食べ終わったころには時刻は8時を過ぎていた。
九十九がもらってきたスイカまるまる一玉が
八嶋と九十九の部屋(彼らは相部屋である)の冷蔵庫で冷やされている。
八嶋は今、五十嵐とともに室内練習場で特打ちを行っている。

九十九「そろそろ帰ってくるころちゃうか」
二宮「ふつうに美味そうなスイカだな。食いてえ」
六本木「まあ八嶋の反応を見てからにしようよ」

粗末だが清潔な6畳一間。玄関手前のドアを引けばトイレとバスがある。
西側の壁に二段ベッドが置かれてその対面にテレビデオ。
その左横に冷蔵庫、右横にはピンク色した三段の本棚。
『真!打撃教室』『走塁のススメ』『対そよ風高校』『対パワフル高校』
『古今東西漫才大全集』こんなビデオが乱雑に立てかけられている。
その周囲の壁には九十九自身の打撃フォームの連続写真と、
『電光石火』『心頭滅却』そしてなぜか『阿畑必殺!』と筆ペンで書かれた
色紙3枚が鋲で止められている。
前までテレビとベッドの間には机があったのだが、
勉強などせぬ八嶋と九十九だからベッドの脇に追いやってしまっている。
部屋のすみにはバットが2本。木製と金属製。
南に狭いベランダがあり、洗濯物はここに干される。
ベランダからは青臭い葉と土の匂いのする鬱蒼とした松の木々の斜面があり、
その向こうを見上げればうす緑色のネットをはった
彼らのグラウンドをのぞくことができる。

七井「ミーは部屋に来るの初めてダ」
三本松「ワシもだ。九十九と八嶋にしては意外と奇麗にしているな」

ひとつの部屋にレギュラーメンバーが集まるというのはじつはめずらしい。
仲良く和気あいあいを理想とするような人間が
強豪あかつきのレギュラーをはれるはずもない。
全員がライバルと言ってよかった。
いつ誰がレギュラーの座を狙っているかも知れない、
そう思うとこれまでは真実仲良く話すことなどなかった。
彼らは相互に作用して自分を高めてきた。
そしてスタメンの地位をモノにした今、彼らはようやく高校生らしい心で
バカなやり取りもかわすようになったのである。

四条「おッ。足音が聞こえるぞ」

そう言ったすぐあと、ドアが勢いよく開いて小さな八嶋が部屋に飛びこんだ。

八嶋「ただいまー!わあ、みんな来てたのか。くつろいでいってよ」
五十嵐「ははは。俺もお邪魔させてもらうよ」

あとから五十嵐も入ってくる。
八嶋は自分のベッドにダイブしてあお向けに寝そべっている。
遊びつかれた小学生そのもので、みんなつい笑ってしまう。

六本木「あはは。ホント中はいつまでたっても子供のままだね」

八嶋も恥ずかしそうに笑う。
九十九は八嶋に冷蔵庫にあるスポーツドリンクでも飲むかと聞いた。
もちろんスイカとご対面させるためのワナである。
八嶋はうれしそうに「うん!」と言う。そうして起きあがり冷蔵庫の方へ向かう。

ガチャ

冷蔵庫を開けた八嶋の背中をみんな見守る。賭けがスタートしたわけだ。
あれ……?
なにか反応があるかと思いきや、八嶋は動きもしない。一同不審に思う。

二宮「おい中。どうしたんだ?」

そう声をかけた瞬間、八嶋は猛烈な勢いで部屋のそとに飛び出てしまった。

八嶋「うわーー!みんなのバカーー!!」

かなり遠くから泣き叫ぶののしりのセリフが聞こえてきた。

九十九「あらら。ホンマに嫌いやったんやなあ」
二宮「俺たちの勝ちだな。けど中には悪いことしちまったよ」
六本木「だけどまずいよ。あの様子じゃ中、帰ってくるかなァ」
四条「なにがまずいんだい?」
三本松「寮長の百瀬さんに八嶋がいないってことがバレたら面倒なことになる」

百瀬遼太郎。部員言うところの『鬼のモモさん』である。
年は40歳手前。ボウズ頭で人相最悪の男だが性格は豪放磊落というふうで
部員たちの良い兄貴分である。が、

五十嵐「そう。良い人なんだけど、10時以降寮内にいないとブチギレるんだ」
七井「アレは絶対ニジュウジンカクってやつだヨ」
二宮「みんな手分けして探すぞ!9時に並木公園の噴水に集合だ」

一同は3組に分かれて探すことにした。
あかつき校内、繁華街、行きつけのバッティングセンター、
八嶋のいそうな玩具店やスポーツショップなどを当たった。
昼のほとぼりはまだ残っていて、
9時に公園に集合したときにはみんな汗みずくであった。

四条「はあはあ……。どうだった?」
二宮「いねーな。まったくどこいっちまったんだ」
六本木「チンピラに絡まれそうになったよ。瑞穂のひと睨みで引き下がったけど」
九十九「あいつらもさすがに死にたくはないもんな」
二宮「ケッ。腰抜けどもめ。それよりどうした三本松?」
三本松「…………」
七井「さっき『オトナのお姉さん』にすり寄られて悩殺されちゃったんだヨ」
四条「……鼻血が出てる。というか五十嵐!何だその紙袋は!?」
五十嵐「いや、これは。すまん。欲しかったサプリメントが半額だったんだよー」
九十九「こらアカンわ……」

まだ青いイチョウの並木がつづく公園の噴水の脇で、みんな考えこんだ。
噴水の中央には片足立ちで不安定な姿勢の天使が
ハトとたわむれている銅像が置かれている。
時たま行なうランニングコースの終着点としてあかつきの部員にはなじみが深い。

二宮「なんとかならねーか四条?」
四条「ちょっと待ってくれ」

スポーツバッグからノート型パソコンを取り出してボードを叩きだした。

四条「八嶋のことだ。
夜に歩きまわっても小学生と間違われて補導されると自覚している。
さっき交番に行ったが八嶋の情報はなかった。
行きつけの場所にしても夜に訪れるのは学校に通報される危険がある。
そうなると場所はひとつだ」

チッ!四条はエンターキーを力強く押した。そこには『神社』と表示されてある。

六本木「なるほどね。たしかに八嶋がいそうだ」
七井「さすがはキャプテンだネ」
九十九「しっかしもっと早ように言わんかい!汗ダクやわ」
二宮「よし!神社に向かうぞ!」
「「「「オオー!」」」」


10時まで時間も残り少ない。一同、神社へ急いだ。
パワフル高校の近くにある緑に囲まれた高台の神社。
100段近くある階段をみんな練習以上の早さでのぼりきった。

五十嵐「よっしゃ。一位っと」
四条「さすがは五十嵐。早かったな」

最初に鳥居をくぐったのは基礎練習が得意の五十嵐。
つづいて四条。それからぞくぞくとあがって来る。
七井は三本松を引っぱりながらのぼるという重労働であった。

九十九「はあはあ。しんどー。なんや走ってばっかりやな」
三本松「ハッ。ここはどこだ?ワイはいったい何を」
七井「やっと気がついたネ、三本松」
六本木「あっ。堂の前で何か動いているよ。暗くてよく見えないけど」
二宮「中に違えねー。違ったらコロス」

境内には電灯がひとつ備え付けられているだけである。
暗闇から笑い声が聞こえる。

「アハハ。お前けっこうやるな!いい代走屋になれるよ」

神社の石畳の上には捨て犬と遊んでいる八嶋の姿があった。
走り回る犬をそれ以上の速さで追いかけてつかまえる。
「ワウ……」長いこと遊んでいたのか八嶋の腕の中にいる犬は息絶えだえである。

八嶋「あ、みんな」

八嶋は一同に気づいて犬をはなす。すると犬は縁の下にもぐっていってしまう。

四条「八嶋、ゴメンな。スイカが嫌いなんて冗談だと信じられなかったんだ」

八嶋は少し涙目を上目づかいに一同をにらんでいる。

九十九「すまんかったチュン!このとおりや」

九十九はひざをついて謝った。
日頃誰にも下手に出ない二宮も「悪かったな」といって頭を下げた。

三本松「八嶋。もう帰ろう」
五十嵐「みんな疲れてるし、モモさんに怒られるのもイヤだろ?」
八嶋「……うん。オイラ、モモさん好きだからモモさんに怒られるのはイヤだ」
六本木「よし。じゃあ帰ろう。四条はどうする?」
四条「俺も寮まではついていくよ。百瀬さんに怒られたら俺にも責任があるし」

「よーし寮まで競争だ!」と八嶋はうって変わって元気そうに言い、
すぐに快速を飛ばして階段を下りていった。

七井「アタルはいつでも元気いっぱいだネ」

やれやれ。みんな安堵の微笑を顔に浮かべて、寮へと足を向けた。
並んで走りながらこんな会話をする。

九十九「賭けなんかせんかったら良かったで」
三本松「そうだな。賭けのせいでこんなに大事になったのだから」
二宮「おいおい、そうはいかねーぜ。約束は守ってもらおう」
六本木「ふふ。厳しいなァ瑞穂は」
五十嵐「俺もゆずらないぞ。なんてったってスパイクだからな」


先に帰ってしまった八嶋以外の一同、寮に戻ってみると時刻は9時45分だった。
間にあったことに胸を撫で下ろす。
と、そのときふいに寮の玄関付近にある寮長室のドアが開いた。
百瀬が出てきたのである。これには一同凍結寸前まですくみ上がる。

百瀬「お前ら今までどこほっつき歩いてたんだ」
五十嵐「すすすいませんモモさん。だけど、まだ、10時回ってないッすよね」

五十嵐が冷や汗をたらして弁解する。
「ああん」と、ガラガラでドスの聞いた声の百瀬は、
普通でも怖い顔をさらに怖くする。
しかし次の瞬間、百瀬は笑顔になってこんなことを言う。

百瀬「ビビらせて悪かった。大丈夫、セーフだよ。
毎日野球漬けじゃあ辛いだろう。たまには遊ぶのも結構だ。
ただもうちょっと早く帰ってこいよな!」
九十九「モモさん勘弁して下さいよー。死ぬかと思ったわ」
百瀬「がっはっは!ちょっとお前ら寮長室に来い。
お!四条もいるなんて珍しいな。
ひい、ふう、みい……全員で7人か、ちょうどいい。良いモン食わせてやるぞ」
二宮「マジっすか!モモさんにしちゃ太っ腹だね。競馬でも当てたのかい?」
百瀬「ヘヘッ!あい変わらず口のへらねー野郎だなァ二宮は」

寮長室から何か物音がする。
7人は百瀬に誘われて、キッチンがある以外は部員の部屋と同じ造りに
なっている寮長室にあがった。テーブルには8等分にされたスイカがあった。
そして床に座って夢中でスイカを食べているのは八嶋中である。

八嶋「あ、みんな来たのか。スイカ、モモさんに頼んで切ってもらったんだ」
百瀬「おいしいか中?」
八嶋「うん!甘くて美味いよ」

この光景に一同あ然とする。
八嶋はいぶかしげな顔をしている7人に向かって言う。

八嶋「みんなどうしたんだ。変な顔して」
九十九「……チュン。お前スイカが怖いんやなかったんか?」
八嶋「ああ、そのことか」

ティッシュで口をふく八嶋の、次の言葉に一同注目している。
「まさか!」と思った。
いわゆる「まんじゅうこわい」作戦にまんまとはめられたのではないか、と。
しかしそうではなかった。八嶋は困った顔をして説明した。

八嶋「昔、テレビ見てたときにスイカを的にして射撃練習している
シーンがあったんだ。なんでスイカなのかってテレビの中の人が聞くと
人の頭を撃ったときと似てるからだって。
それ聞いてオイラ、まるまる一玉のスイカが怖くなっちゃったんだよ」
三本松「しかし今食ってるじゃないか。ワシは混乱してきた」
八嶋「だけど切ってあるスイカは平気なんだ。むしろ大好物だよ!」
二宮「何だよそりゃあ。怖いけど大好物って」
七井「ということハ……」
四条「ということは――まさか、九十九、賭けは無効ってことになるのか?」
九十九「(ニヤッ)悔しいやろうけど、そうなるわなァ。
あああ!まったくもって今日という一日は何やったんやー(笑)」

九十九は疲れ果てたというふうに崩れ落ちた。
それを見て賭けで負けたと思っていたほかの3人は笑い出した。
つられて四条、二宮、五十嵐も笑うしかなかった。

百瀬「お前らもボーッとしてないでスイカ食べろ!でないと俺が食っちまうぞ!」


百瀬の号令でみんなスイカを食べはじめた。
ほどよい甘味があってみずみずしく水分に富んだスイカの果肉は、
走り疲れた体にとても美味しかった。

九十九「うまいなあ。スイカなんて久しぶりや」
七井「デリシャスなウォーターメロンだネ」
六本木「ところでさあ五十嵐」
五十嵐「(シャクシャク)む、何だ?」
六本木「『夏の風物詩』の答えはいったいなんだったの?」
二宮「そうだ!ことの発端はそれだぜ!」
三本松「そういえば忘れていたな。どうなんだ五十嵐」

五十嵐は八嶋と目を合わせて笑う。そして百瀬に昼やったものと同じ質問をする。

五十嵐「モモさんなんだと思います。俺たちと密接なつながりがあることです」
百瀬「おーわかったぜ!そりゃあアレだ。『夏の甲子園』だろう!」
八嶋「当たりだよモモさん!すぐわかるなんて凄いなァ」
百瀬「ホントか?あてっずぽうに言ったら当たっちまったよ。なっはっは!」
四条「ははは!そうか甲子園か。なんでわからなかったのか不思議なくらいだ」

みんな納得して朗らかに笑った。しかし二宮はひとり不機嫌そうでいる。

二宮「おい!そりゃなんか違うんじゃねーか」
五十嵐「ん?じゃあ二宮は何だっていうんだよ」
二宮「夏の風物詩は『夏の甲子園であかつきが全国制覇』だろーが!!」

真顔で怒鳴る二宮。それが面白くて一同爆笑する。
が、ちょっとすると笑いはおさまってみんな真剣な顔つきになる。
それはただの高校生の表情ではない。
常勝あかつきのレギュラーをはる男たちの凛々しい表情である。
四条が静かに口をひらく。

四条「笑いごとじゃない。二宮の言うとおりだ」
六本木「うん。もう一度だって負けたくない」
五十嵐「俺も問題の答えを書きかえんといかんなァ」
三本松「打倒帝王実業」
七井「リベンジってやつネ」
八嶋「……またベスト何とかはゴメンだぞ」
九十九「今年こそ深紅の旗を持って帰ったる」

口々に全国制覇への意志を言いあった。
しばらく沈黙がつづく。
静かな闘志を燃やしつつスイカを食べ終わった8人は、
誰とはいわず円陣を組んであかつき大附属伝統のかけ声を行なった。

「ウオーッ!」「しゃー!」「よーしッ!」「絶対負けねー!」「全国制覇じゃー!」

そして寮長室には男たちの誇り高い雄たけびが響く。

百瀬「まったくもってうるせーヤツらだなァ」

言葉とは裏腹に、百瀬のまなざしは彼らを見まもり応援する、優しい光を称えていた。


空には栄光のようなオレンジ色の月が浮かんでいる。
――ワオーン!
生温い夜を超えて、神社の捨て犬も彼らと呼応するように鳴いていた。

じきに柔らかな雨で満たされた6月も終わる。
彼らの忘れられない夏の風物詩は、もうすぐそこにまで来ているのであった。




おしまい







【筆者あとがき】

  コメディタッチのパワプロ小説といったもの。ずっと考えている
長編やすこし複雑な骨組みをした短編どもにKOされて、気晴らしの
ために書いたのがこの「スイカこわい?」です。
構想から一週間程度の時間で書き上げたため、私の幼稚な思想・精神が
現われる危険のない一筆書きのシンプルな小説となっているようです。

主人公には八嶋中。高校卒業後の進路も判明しない、ぞんざいな
扱いを受けている八嶋を中心にすえ、あかつきの先輩達をいきいきと
描き出すという意図で執筆をはじめました。




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