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D 天使の住む街 − travels of Kino −

一人の少年がモトラド(空を跳ばない自動二輪車)に乗って走っていた。
少年は海沿いの道をひた走っている。
少年は太いベルトを腰に巻き、ゴーグルをつけていた。
髪は黒で短く、年は14,5といったところか。
快晴の太陽を全面に受けた海にぽつんと小さな島がうかんでいる。
その道を走っていると特に城壁もなくそのまま突っ切って市場のようなところに入ってしまった。

「エルメス。まずいことになったかもしれない。」
「なにがさ。キノ」
「いつの間にか国に入ってしまったみたいだ。」

キノと呼ばれた少年はあたりを見渡した。
そして恰幅のいい紳士を見つると


「実は旅をしているものなのですが、どうやらいつの間にか入国許可所を通り過ぎてしまったようで、その場所をお聞きしたいのですが。」

と尋ねた。

「ああ、そんなものはこの国にはありゃしないよ。」

紳士は美髯を触りながらさらに言った。

「この国はね。だれが来ても、住んでもかまわないんだ。そう、たとえそれが天使でも悪魔であってもね。」
「悪魔・・・ですか?」

紳士は後ろの銅像を指差した。
そこにはどす黒い色をした翼をもつ天使が1人・・というのだろうか。ひとつ彫ってあった。
天使は上半身は裸で、顔の輪郭からして幼い男性のように見える。
下には漆黒の羽根が1つ落ちている。

「その天使は悪魔との戦いに疲れ、この国のどこかで静養していると言われているんだ。」
「なるほど。」
「まぁ神話のようなものだな。だが目撃談はいくつもある。『見たことの無い少年が突然翼を生やしてどこかへ飛び去った。』とか、『無理に詰め寄るむさい男を右手一本で50m先の池まで突き飛ばした』とかね。」
「ほう。」
「全てに共通するのは容姿が幼い。そして消えたあと羽根がひとつ落ちていること。」
「へえ。」
「でも最近は天使狩りというバカな連中がここを訪ねて来ては二度と見たことが無い。」
「天使も大変ですね。命を狙われるなんて。」
「そうだね。もしや君も安息の地を求めてやってきた天使様かな?」

紳士の言葉にキノは照れ笑いをした。

「どちらかと言うとキノは追撃に来た悪魔だろうね。」

キノはとりあえずモドラドを蹴った。
モドラドは衝撃で倒れた。
紳士はその光景を穏やかな顔で見つめていた。

「まぁこの国ではその伝説くらいしか面白いことは無いですよ。滞在期間は?」
「三日を予定しています。」
「その間に伝説にあえるといいですね。」

紳士はそう笑顔で言って去っていった。

「面白い国だね。エルメス。」
「そうだね。・・・ところでキノ。」
「なんだい。」
「起こして。」

朝、海から太陽が昇る直前。
キノは泊まったホテルの一室でカノン、森の人と呼んでいるパースエイダー。パースエイダーとは銃器のことをさす。の抜き打ちの練習をしていた。

「毎朝ご苦労なこったね。」
「今日は早起きなんだね。エルメス。」
「昨日はホテルに直行だったからね。もう十分寝たよ。」

朝日のまだ昇りきる前の暗いホテルで、電気もつけず、静かな時間が流れた。
空けられた窓から心地よい海風の戦ぎが心地良い。

「伝説以外に何も無いなんてとんでも無い。十分この景色も楽しみの一つだと思うけどね。」
「ところでキノ。伝説って信じてる?」
「有るか無いかって聞かれたら無いと思う。でも」
「でも?」

エルメスはせかすように言った。

「信じてみようと思う。たまには騙されるのも悪くない。」
「なるほどね。」

それだけ聞いてエルメスは再び寝むり始めた。
キノはモドラドを蹴りつけた。

「ちょっと早いけどもう行くよ。海から見える朝日が絶景らしいんだ。」
「モドラド使いが荒いなあ。」



「寝不足で事故とか起こさないでよ。キノ。」
「大丈夫。ボクはこう見えて朝には強いんだ。」
「さいで。」

朝の静かな街にモトラドのエンジン音が響く。
キノは寝ている人の迷惑にならないようにあまりスピードを出さずに走っていた。
時折朝のジョギングをしている元気な老人に挨拶をしながら海に到着した。
海には最初に見たときよりもずっと近くに小島が見えた。

「うわぁ・・・良いにおい。」
「こんなに綺麗な海に来たのは初めてだっけ。キノ。」
「磯の香りって奴だね。」

キノはもう一度大きく深呼吸した。
そうして砂浜海岸をゆっくりと散歩し始めた。

「砂浜は間に砂が入るし。何より潮風は塩分が高いからサビの原因になるって。知ってるでしょ?」
「ああ、エルメス。だけどね、今はここを歩きたい気分なんだ。」
「さいで。」

しばらく歩くと一人の少年が座って一点を見つめているのが見えた。
その少年は肩膝を立てて精悍な顔つきにどこか哀愁を漂わせていた。
格好はセーターと半ズボン。
ズボンには両側の2つしかポケットはないようだ。

「おはようございます。」
「ああ、おはようございます。」

キノは不思議な少年に声をかけた。
少年は嫌そうな顔をして何か用ですかといった。

「いえ。これといって・・・」

そういって失礼しましたと場を離れようとした。
少年は険しかった眼を急に和らげたあと慌てたようにいった。

「いや、すいません。そういう意味じゃなくて・・・」

そして少年はキノに

「暇なら話せませんか?」

といってキノは

「はい?・・・いいですけど。」

と振り返って言った。

「珍しいですね。こんな所に旅人さんが来るなんて。」
「昨晩ホテルの方にここから見える朝日は絶景だと言われまして。」

キノはその少年の隣に「よろしいですか?」と聞き座った。
少年は整ったキノの顔をまじまじと見つめた。

「ということは旅人さん?」
「ええ。」

少年は後ろに倒れて寝ると「ハハッ」と笑った。

「どうしました。」
「いや。旅人さんのわりに警戒心が薄いなぁって。」
「大丈夫ですよ。」

そういうとキノは右股に吊ったカノンをポンとたたいた。

「なるほど、腕に絶対の自信があると。」

キノは首を縦に振った。

「久々の同年代の男だし、本当は狙ってるんじゃないの?」

エルメスが突然答えた。
キノはテレも無く、ただ無表情で、かなり強くモドラドを蹴った。
モドラドは倒れてそのままの衝撃でひっくり返りそうになったが、重力に従って横に倒れた。
見ると少年が驚いた表情でこれを見つめていた。

「今・・・そのバイクが話したのかい?」
「シツレイな。モトラドっていうんだよ。」

エルメスは情けない姿で言った。

「モトラド。・・・という・・・生き物?なのかな?」
「さぁ。ボクにも良く分かりません。」

少年はフゥとため息をつくと楽しそうに笑った。
少なくともきのと会ってからはじめての笑顔だ。

「そうか、僕の知らない世界にはこんなものがあるのか。」
「他の国では結構普通ですよ。」

彼はにっこりと笑うと。
やっぱり人間ってものは面白い。と独り言のように言った。
朝日が昇った。
この場所からはちょうど小島に陽が隠れて光だけを放っていた。

「この景色は僕の一番好きな景色なんだ。・・・旅をしていると、他にも世界には美しいものがあるのですか?」
「ですね。ですが、これほど美しい景色は見たことがないですね。」

キノは起こして欲しそうに見つめるエルメスを無視して朝日に見入った。
少なからず多からず感動を覚えているようだ。

「旅のなかで一番大切なことは?もっと言うと最優先することは?」

キノは少年を見た。

「それは。命です。命を守るためには躊躇わずこれを撃つ勇気です。」

そういって再びカノンに触ると再び太陽に見入った。

「なるほど。僕は旅に出なくて正解だったかもしれない。」

そういって少年はその場に寝そべった。

「僕は旅とは、やりたいことをみつけること。命を捨ててでもやりたいことをみつけること。だと思っています。今も。」
「ええ、最初はボクも最初はそう思っていました。」

朝日は小島を通過して頭を見せ始めた。
そしてさらにあたりが明るくなってきた。

「今ボクにとって旅とはやりたいこと。命を捨ててでもやりたいこと。です。」
「なるほど。」

少年は体を起こした。
そしてキノにためになったと礼を言うとキノはいえと返した。

「お礼に僕の取っておきの“ショー”を見せてあげる。」

少年は立ち上がると少し後ろを向いていてくれといった。
キノは従って後ろを向くと5秒したら振り向いてといわれた。
そのように動くと後ろにはもう誰もいなかった。
黒い羽根がひとつ落ちていた。





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