義夫が目を覚ましたのは元いた公園だった。 夢だったのか・・・? と少し思ったがその考えははっきりと膝の上に乗っている本の重みでかき消された。 義夫はその日いつも通りの時間に家に帰り着き、いつも通りに布団に入った。 ハインが言っていた別の時間が流れているというのは、どうやら本当の事だったようだ。 それはさておき、義夫が唯一いつも通りじゃない行動をしたのは布団に入った後だった。 そう、向こうで見つけた運命の本を開いたのである。 「・・・あれ?」 義夫は本、本と言われて(言って)きたのでてっきり中身には文字が書かれているものだと思っていた。 しかし実際にページを開いてみるとそれは意外なものだった。 1ページ・・・2ページ・・・。次々にページをめくっていくが、そこには一文字の文字も無かった。 その代わりに、紙の上には何枚もの写真が印刷されていた。 「これは・・・一体・・・」 義夫は呆気に取られながらもページをめくっていった。 そして5、6ページ進んだ時だろうか、更に義夫は驚かされた。 写真の上にいたのは紛れも無く幼い日の自分だったのである。 しかもそれは今まで見た自分のアルバムの中には無いもので、素人の親では到底撮る事が出来ないような素晴らしいものだった。 「ほう・・・まさか自分の写真が運命の本だとはなあ・・・」 義夫はその思いもしなかった事実に驚いてはいたが、ページをめくる内にいつしかそんな事は忘れて、写真を見るのに熱中していった。 誕生、入学、学校内での行事、はたまた家族との個人的な遊びの時間もその中には入っていた。 そしてそのどの写真にも共通している事、それは自分が、加えて自分の周りに居る人も全員が全員笑顔でいる事だった。 「そうだよな・・・この時あいつがあんなバカな事するから・・・」 時々独り言も交えながら、義夫はページをめくっていった。 高校卒業、大学入試、就職活動、そして結婚。 いくつも悲しかったり、苦しかったりした時代の写真もあったが、不思議にどれもそんな事は感じさせなかった。 しかし最近にグッと近づくにつれ、その法則は崩されていった。 段々と満開の笑顔が減り、7分咲き、5分咲き、3分咲き・・・。 最後の写真に至っては今日のベンチに座っている時のもので、それには笑顔の影すら浮かんでいなかった。 「そうか・・・最近は家族の事や会社の事やらで忙しくて、笑うどころじゃなかったんだな・・・。それどころか妻や娘の笑顔すら見てない・・・と言うか話すらしてないか・・・」 義夫は会社帰りのベンチの結論に舞い戻りつつ、最後の写真が載ったページを閉めた。 ・・・が、すぐにまたそのページを開いた。 昔からの癖で指を挟んだまま本を閉め、それから指を抜くという行為をした際にまだ後ろにページがたくさんある事に気がついたのだ。 落ち着いて考えてみればいくら写真が多かったとはいえ、あの厚さと比較して見ればまだまだ足りないくらいなのだ。 「この後ろには一体何が・・・」 義夫は今まで以上に不思議な事が起こるのではなかろうかという期待を持ちつつ次のページを開いた。 しかしそこにあったのはごく普通の白紙だった。 それはその次のページも、そのまた次も。 延々と先にあった一番後ろのページも見てみたが、それが変わる事は無かった。 「ハ・・・ハハハ・・・。自分でも言うのもなんだけど酷いもんだなこれは・・・。よりによって運命の本の最後があんなもんとはね・・・」 義夫は落胆と、そしてもっと良いものが残せなかった後悔とが混ざったような複雑な気持ちを抱きながら本を閉じ、ページの隙間から指を抜いた。 そしてパチッと部屋の電気を消した。 それは・・・いつも通りの風景だった・・・。 次の日起きた義夫は二度目のもしかして夢なんじゃないか? という考えを持ったが、それも昨日と同じ本の存在で消え去った。 「まぁ・・・楽しかったから良いけどね・・・」 その日は休日だったので、義夫は静かな家で一日を過ごした。 妻も娘もそれぞれいなかったせいで静かだったのだが、普段から二人の声も、二人が出す物音も聞かない義夫にとってはあまり大きな変化ではなかった。 しかし、義夫は日が暮れかけて周りが薄暗くなりつつある夕方になって、ふと何かを思い出したかのように立ちあがった。 そして昨日ハインから渡された鍵で自分の家のドアを開けた。 「おや・・・意外と早い二度目の訪問ですね」 ドアの先の光景は、昨日開けた扉のものと同じで、そこではハインが棚の本を並び替えていた。 「ええ、この本をお返ししようと思いまして」 「それは、それは・・・。何か不都合でもありましたか?」 「いえ、どうも私の本に違いは無さそうですが私には必要の無い物のようですから」 「そう貴方が思われるのなら私は何も申し上げませんが、お役に立ちませんでしたか?」 「はい。残念ですが・・・」 「フム・・・そうですか・・・」 「では私はこれで・・・」 義夫が扉の方に振り向こうとした時ハインが一言呼び止めた。 「お暇なら昨日みたいにお茶でも飲んでいきませんか? ・・・と言っても時間は進みませんがね」 「そうですね・・・そうしましょうか」 義夫とハインは昨日と同じ椅子に座って、昨日と違う種類の紅茶を飲み始めた。 「・・・差し支えなければ・・・で良いんですが。何があったか教えてもらえますか?」 「ああ、本の事ですね?」 「ええ」 これといってハインに隠すような事でもなかったので、義夫は本の中身と自分が感じた事をそのままに伝えた。 「そうですか、本人のアルバムというのもここにはあるんですねえ」 「え? ご存知じゃなかったんですか?」 「いやはや、恥ずかしい事ですが私が知っているのはここにある、ほんのわずかな物だけなんですよ。まあ、それだけ世界には本が存分にあるという事なんですがね」 その言葉を聞いて義夫はふと考えた。 もし、それだけの本を全部読んだら一体どれくらいかかるんだろうな・・・と。 それは大人が思うには非常に低レベルなものだったが、なぜかこの場所ではそれを考える事が一番な気がした。 しかし、その答えに一歩も進まぬうちにハインが話しかけてきた。 「しかしですね、秋本様・・・。私は思うんですよ。なぜそんな悲しい本が貴方の本なのだろうか・・・いや、と言うより本当にそれは貴方にとって悲しい本なのか、と」 「?」 「ええ、疑問に思われる気持ちも分かります。そんな内容なら多分どんな人でも悲しく思われるでしょう。でもずっとここにいて導き出した、あくまで私なりの答えなんですがね。意味を持たない本は無いんじゃないかなあと思うんですよ。それが運命の本だと言うのなら尚更ね・・・」 「はぁ・・・」 「秋本様、これは貴方のためでもなんでもありません。どうか私のこの考えが間違っているのかどうかを確かめるためにもう一日だけ、向こうでこの本を持っていて頂けませんか? もちろん嫌だと言うのなら強制はしません。でも私は知りたいんですよ。世界に意味の無い本など存在するのかどうかが・・・」 「別に構いませんけど・・・。一日で良いんですね?」 「はい。一日持っていて、貴方なりの答えを出してみて下さい。それでももしその本が貴方にとって何の意味も持たないものなのなら、ここに返しに来て下さい」 「分かりました。どうせ明日も休みですし・・・おっとここは毎日同じか」 義夫は軽く笑った後、本を手に持って扉の外へと出ていった。 第四話へ 投稿小説一覧に戻る |