【白紙】


仕事帰りのラッシュは過ぎ、飲み屋横丁が賑わう前のほんのわずかな静かな時間。
都会の隅にヒッソリと残されている小さな公園のベンチに一人の男が座っていた。
男の膝の上には標準サイズのビジネスバッグが置かれており、上半身はそれにもたれ掛かるような感じで前に倒れている。
身に付けている背広は洗濯されて清潔で、アイロンもシワが目立たないくらいにまではかけられていた。

彼の名前は秋本義夫。
年齢は40代後半で、小さな会社の係長を務めている。
朝起きると食事が用意されており、夜帰ってもきちんと用意されている。
飲みに行っても特に妻から怒られる事も無かったし、娘もそこそこの高校に合格してこれと言った問題も起こさずに毎日暮らしていた。

これだけ見れば、可も無く不可も無く・・・むしろ恵まれていると言って良いだろう。
しかし、倦怠期と呼ばれるものなのだろうか。
妻の声を最後に聞いたのはいつかも分からなくなっていた。
また、こちらも思春期と呼ばれるものに入ったのだろうか。
娘も妻と同じだった。
食事をきちんと用意する事も、問題を起こさず毎日暮らしているのも、そうしておけば自分と顔をあわせて話さなくてすむ・・・そういう考えが容易に読み取れるような生活だった。

「ハァ・・・・・・・」

義夫は上半身を倒したままの格好で、小さなため息をこぼした。
 この時間にこの公園に寄り、家族との事を考えるのが義夫の日課だった。
そして、自分がいくらこの状況を打開しようと思っても、向こうがまともに向き合ってくれないのじゃどうしようもない。この答えにたどり着くのも日課となっていた。
しかし今日は一つだけ違う事があった。
自分では気付いていなかったのだがいつも以上に仕事で身体も精神も疲れていたのだ。
前に倒した体がゆっくり・・・ゆっくりと前のめりになっていき、そして・・・。

バタッ・・・。




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