【Children's Day】




朝、彼はため息をつく。それは誰かに伝わるわけでもなく、闇に消えた。
時計を見やると7時10分。急げば今からでもまだまだ間に合う時間だ。
しかし彼はベッドの上から動けずにいた。3度目のサビが携帯から流れた。
彼は上半身を起こした。子ども達の無邪気な叫び声が聞こえる。

彼はゆっくりとベッドを出た。


空は青々と澄み切っていた。昨夜降り続いた雨は今日という日の朝を清清しくし、水溜りをつくる。
すっかり手馴れたネクタイを締めて、少し大きめのスーツに身を包んだ彼はもう社会人であった。
カシュカシュとローファーが擦れる音は、車の騒音にかき消されていった。
行き交う人々の声が耳につく。

ぽん、と突如うつむく彼に軽い衝撃が走った。それは衝撃というには足りないほど柔らかい。
視線を前に戻すと、どうやら3〜4歳の男の子とぶつかってしまったようだ。
「ごめんなさい」
寂しそうに笑う子に彼はそっと微笑んだ。
「いいえ、気をつけてね」
「はぁい」
そういって優しく送り出すと彼はその男の子の後を目で追った。
少年は二件先の洋風な一軒家に入っていった。

庭には小さな鯉が3匹、気持ちよさそうに泳いでいた。






【管理人感想】

 青龍様より、当サイト一周年(5月5日)記念で頂いた小説であります。いやぁ、社会人になってしまった私には掌編でありながら長編並みにずっしりとした重みを感じ取ることが出来ます。何気無い日常、しかし子供達にとっては嬉しい嬉しいこどもの日。この主人公は、鯉のぼりに夢を託していたあの頃の気持ちと、人ごみに揉まれる今の気持ちを対比させていると思いますが、その思いは清々しくも複雑なのでしょうね。青龍様の見事な表現力に感服せざるを得ません。 本当に有難う御座いました!




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