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【MEMORIES】



 秒針の進んでいない掛け時計が多く飾られている店内は、二人を完全に覆っていた。
 コンクリートの剥がれた床を底の熱い軍靴で擦りながら、肩にカラシニコフを提げ、
深緑の軍服に身を包ませている少年が、自分のすぐ前に突っ立っている別の少年に懸命に
訴えている。しかし、訴えに気を取られる事無く、少し皺の寄った白いブラウスを纏って
いる少年は徐に、無表情のまま薄暗い店奥へと身を移す。軍服の少年は諦めてはいなかった。

「じきにこの建物どころか、この町さえ完全に消えてしまう。鉄平も戦うんだよ!」
「大丈夫。僕は時が動くのを、此処でずっと待っているから」
 狼狽している軍服の少年と対峙するように、鉄平と呼ばれた少年は、店奥に備えられている
丸椅子に座り、実ににこやかな顔つきと穏やかな口調で、軍服の少年にお返しをした。
 そのまま鉄平は……目の前の微かな光を受け、透き通っているガラスケースに手を宛がう。
 ガラスケースに封印されている、腕時計たちを羨望するかのような、悦な顔を丸出しにしながら
も、彼は言葉を綴る。

「啓介、僕はね……この店中の時計たちの針が動き出すのを、今か今かと、待ち続けているんだよ。
どんなに修理をしたって、直らなかった奴らだけれど絶対に、また勝手に動くのを信じながら。啓介、
僕は待ち続けるよ。どうか心配しないでほしいな」
 ガラスケースに向けていた純朴な瞳の視線を、丸椅子を回転させる事によって、己の口から啓介と
呼んだ少年に移ろわせた。混ざりのない蒼い澄んだような瞳は、確実に啓介を見据えている。
 彼の優しさを直に感じる事で、啓介は逆に戸惑いを覚えずにはいられない。
 左肩から僅かにずれ下がっていたカラシニコフを、再度上げ直しながら、翻弄され、揺さ振られ
ている自分も立て直す。

「気持ちは分かるよ。辛い……辛いよな。親父さんとお袋さんを爆撃で亡くして、お前が両親の
時計店を継いでいこうという、半端でない意思はきっと折れないだろう。でもな……もうこの町は、
三回も大規模な爆撃に巻き込まれた。鉄平、もうそろそろ良いじゃないか」
 啓介は、爆風の影響で破れている店のドアの向こう側を指差した。鉄平も、促されたように何気
無く店の外を見向く。鉄骨が剥き出し状態のコンクリートの欠片が幾十にも重なっており、炎で灰に
なった家々が散らばっている。砂利の埃が地面を駆け巡り、いつしか上空へと舞い上がっていく。
 傾いた雑居ビルは、いつ崩れるかは分からない。そんな杜撰な光景の中、時計屋は唯一、マトモ
な形で点在しているのだ。

「なぁ、鉄平。今からでも遅くない。俺の今いる軍隊に来いよ。宿営も遠くは無いし、此処に住んで
いるよりは……」
 啓介はグニャリと折られている景観のせいで、打ちひしがれそうになるのを遮断するように、瞳を
閉じながら振り返った。閉じた瞳を開ければ、そこにはじっと外を捉えながらも、突然に泣き出し
ている鉄平がいる。唇を震わせながら、目を見開きながら、肩をすくめている鉄平。

「鉄平!」
「そうだね、僕はいつまで……君に心配を掛けさせれば気が済むんだろうね」
「鉄平……」
「分かってるんだ。もう、この時計たちが動かないことを。それでも、僕は父さんと母さんの作った
時計と……傍に居たいのを捨て切れなかった。僕はもう……」
 啓介が鉄平を幾ら呼んでも、彼は独白を続け、涙で腫れた眼を押さえつつ、視線を斜め上に傾けて、
店中に広がる”奴ら”を腑抜けみたく虚ろながらも、脳裏に焼き付けた。

「鉄平……」
 幾度目の啓介の呼びかけに、今度は素直に反応する。
「あぁ……啓介。僕はとても……とても疲れた。僕は……父さんと母さんの所に戻るとするよ」

 彼のその言葉で、啓介は初めて……今までが具現化された想い出の断片、カンバスに描いていた世界
 だった事を、ようやく悟った。

「うん……」
 今度は戸惑わず逆にしっかりと、啓介は弾ける笑顔で頷く。それに安心したのか、鉄平もやんわりと
した微笑みを送りながら、フェイドアウトするように、ゆっくりと空気に溶け込んでいく。
 そして、最後に”ごめんね”を残し、鉄平は……消えていった。

 取り残された奴ら、決して動くはずの無い奴らを、暫し眺めた後……無言で外に出る。
 一度、壁が黒い煤だらけになってしまった、鉄平の時計屋の外観を見上げたら、啓介は時計屋を背に、
軍の宿営までの遠い砂利道を歩き出す。時折、目尻から零れそうになるモノに耐えながら、それでも
前に進むのだ。

 ふと時計屋の店内から、”カチリ……”と何かが動く音がした気がして、一瞬足を止めたが、彼はグッと
堪え、砂利道に散りばめられた瓦礫の間を縫うように、啓介は走る……!

 人は誰しも、幸せだった想い出を抱き締めている。啓介も時々、鉄平との想い出を甦らせてしまう。
 そしてこれからも、啓介は……鉄平を引き摺っていく。

「鉄平……鉄平……」
 彼は走りながらも、呟いていた。






 

 

(了)










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